自動車生産計画
中京デトロイト化計画このような日産自動車の成功に刺激され、昭和7、8年よりいくつかの自動車工業がおこったそうです。
すなわち、三井は玉造船所で小型車「やしま」を、三菱は「扶桑」(後「ふそう」と改称)を、川崎車輌は「六甲」を、京三製作所は「京三号」を高速機関工業は「オオタ号」を、東京自動車製造は「筑波号」を製作した。
この他中小業者の自動車生産計画はかなりの数に達したが、その多くは手工業的な小型自動車の生産計画であったが、その中で注目すべきは名古屋に起った中京デトロイト化計画でした。
レクサス 中古車のある今では考えられませんが、当時のデトロイドは自動車産業の一大拠点だったのです。